Vol.53 WAmazing株式会社・代表取締役CEO 加藤 史子さん

第53回は、「日本中を楽しみ尽くすAmazingな人生に」をビジョンに掲げ、インバウンド向けオンライン旅行予約プラットフォームや地域観光DX事業を展開するWAmazing株式会社 代表取締役CEO加藤史子さんにお話を伺いました。
大型資金調達が続く同社ですが、2020年からのコロナ禍では観光業は完全にストップしました。しかし、コロナ禍突入と同時に新規事業を立ち上げて逆境を乗り切り、現在、観光業の回復の追い風を満帆にはらみ、加速して進んでいます。逆境時の新規事業の立ち上げ方や守るべき優先順位、組織の作り方など、経営メンバー必見の内容です。

加藤 史子 
Kato Fumiko
WAmazing株式会社 代表取締役CEO

【 Profile 】慶応義塾大学環境情報学部(SFC)卒業後、1998年に(株)リクルート入社。 「じゃらんnet」、「ホットペッパーグルメ」の立ち上げなど、主にネットの新規事業開発を担当した後、観光による地域活性を行う「じゃらんリサーチセンター」に異動。スノーレジャーの再興をめざし「雪マジ!19」を立ち上げ。  国・県の観光関連有識者委員や、執筆・講演・研究活動を行ってきたが、「もう1度、本気のスケーラブルな事業で、日本の地域と観光産業に貢献する!」を目的に、2016年7月、WAmazingを創業

長年勤めあげたリクルートから起業の道へ

NovolBa原:WAmazingの代表として活躍される加藤さんですが、起業する前はリクルートに長く勤められていたそうですね?

WAmazing加藤:慶應大学環境情報学部から新卒でリクルートに入りました。男女雇用機会均等法が公布されたのが1988年、私は1998年卒だったので女子採用自体がまだまだ狭き門で、一般職と総合職が分かれていない数少ない会社のひとつがリクルートでした。

インターネットに親和性の高い学部卒だったことを生かして、じゃらんnet、ホットペッパーグルメなど情報誌やフリーペーパーで展開されていた事業のインターネット化などを経て、第一子の産休に入り、復帰と同時にじゃらんリサーチセンター研究員にリクルート初の在宅勤務のトライアルをする社員として異動しました。観光と地域活性に魅力を感じ、事業開発を行っていましたが、2人目の子供の小学校就学時に今後のキャリアについて改めて考えるタイミングがありました。。そこで子どもたちに残せる、より社会貢献度の高い仕事がしたい、ここで終わりたくないという思いが強くなりました。

インバウンドの分析もしていたので、リクルート社内で挑戦したくて新規事業提案も行いましたが、よりスピード感を持って自分の目指すビジョンを実現する最短距離を考えたら、スタートアップとして「起業」する手段を選びたくなりました。事業開発を18年やってきた自負があり、1年悩んだ末に一念発起、40歳でリクルートを退職、起業しました。

WAmazing加藤的コロナという逆境の乗り越え方

:創業されて事業が伸びていく中でのコロナでした。観光は完全にストップし、投資してもらうのも難しかったと思いますが、どうやって乗り越えられたのでしょうか。

加藤:よく会社は「ヒト・モノ・カネ」の3資源だと言われますが、それは製造業が中心の時代の話です。スタートアップが守るべきは「ヒトとカネ」だけです。ヒトは資源として徹底して守るべきものです。ヒトを守るためには給料を払い続ける必要があるのでカネをどう維持・調達するか?が最優先でした。

外部環境が変化する中でも、ミッションやバリューを中心に、一人ひとりがスピード感を持って主体的に意思決定できる組織は強いと思います。既存事業を超えるような事業・プロダクトが社内から起案され次々と再現性を持って生み出されていく組織であれば、どんなに時代が変わっても常に非連続な成長を実現できるのではと思っています。

「100人の壁」の乗り越え方

組織の成長過程でよく言われる「100人の壁」はあったのでしょうか。

加藤:インバウンドは必ず戻ると私は信じていましたが、投資家が信じるかは投資家次第です。信じて欲しいと話すことも大切ですが、例えインバウンドが戻らなくても、売上を垂直立ち上げで上げられる経営者だと見せることも大切です。そこで、地域観光DX事業を行う「地域連携部」を立ち上げました。地域の観光コンサルと観光分野のDXを手伝う事業で、来るべきインバウンド需要回復に備える事業でもありました。

しかし、これを既存のメンバーで立ち上げないといけません。これまでとは違うケイパビリティが必要でした。みんな既存の事業がやりたくて入社してきているので、メンバーをアンラーンさせることは難しいです。でも、創業メンバーには新規事業である地域コンサルティングのノウハウがありました。私が彼らに話したのは、「私たちは既存事業がやりたくて起業している、それはわかっているが、インバウンドの入国がゼロになっている今はWAmazingという会社の維持継続のために、この新事業をやるべき時だ」です。創業メンバーはそれだけで理解してくれました。

一般的に、IT系スタートアップが取り組む事業には3つのパターン(ビジネスモデルの型)があります。そのうちの2つがJカーブを描く「クリティカルマス型(BtoCや、CtoCのマッチングプラットフォームに多い)」と「ストック型(SaaSなどに多い)」です。しかし、この2つのパターンは先行投資が一定必要になるためコロナ禍のような逆境においては、キャッシュが出ていってしまうため、リスクが大きくなります。最後は「クライアントワーク型」で、つまり、この残るひとつの「クライアントワーク型」をやるしかないのです。しかし、民間企業のクライアントはコロナ禍にて観光関連の発注を減らすことは予想できました。クライアントとして可能性があるのは唯一、公共調達、パブリックセクターです。

2020年の2月に、ダイヤモンド・プリンセス号内での新型コロナウイルス感染のニュースを見ながら、平日日中は通常業務があるため、行政への企画提案書を土日や夜の時間を活用してずっと書いていました。企画提案やコンサルティング元々得意だったこともあり、4月から5月で企画採択が金額にして3000万~4000万円ほど立ちました。それをきっかけに、組織として「地域連携部」を立ち上げ、結局、1年目1.5億、2年目3.5億、3年目5億、今期は既に8億の事業採択がされました。コロナ禍中の資金調達は困難を極めましたが、既存株主の追加出資や日本政策金融公庫の長期融資もあわせて2020年11月に8億円を達成することができました。そして、その翌月から地域連携部のための人材採用を開始しました。

守るべきはヒト。人的資本経営を貫く

:先ほど、ヒトは徹底して資源だとおっしゃっていましたが、社員の雇用について、どうお考えでしたか?

加藤:資金のやりくりが苦しかったし、ヒトをカットすれば一時的にでも楽になれるけれど、人的資本経営を貫くと決めていました。これはリクルートで学んだことでもありましたし、リクルートの同期入社であり取締役COOの伊田の「雇用調整をすると組織が痛むよね」という言葉も私を踏み留めました。地域連携部に携わるメンバー以外の社員は他のスタートアップや株主企業への出向などに協力してもらいました。IT系の多いスタートアップ企業の中にはコロナ禍でむしろ業績が伸びているところもあり、プロダクト開発に携わるエンジニア職などは売り手市場であり出向マッチングもしやすかったのですが、難しかったのが全社員の約4割ほどいた外国籍社員でした。日本の一般的な企業は、同程度の能力の外国人と日本人がいたら日本人を採りがちです。そんな理由で外国人社員の出向が若干難しかったのです。

さらに彼らの生活費のコストダウンも難しかった。生活費の中で家賃は大きな比重を占めています。外国籍社員は日本国内に実家がないので、実家に身を寄せることもできないので生活費の中での家賃削減が難しいのです。雇用調整助成金を活用していたので、週5日全休みしてもらっても給与の6割は得ることができるのですが、それでも収入4割減は生活を直撃します。外国人社員は家賃を削れない上に故郷にもコロナ禍下の国境封鎖で帰ることができない。休業してもらったほうが社としては人件費の削減になりましたが、全面的な休業はできれば避けたかった。私や経営陣がSNSなどで友人知人に呼びかけ翻訳の仕事を発注いただくことで、たとえば週4日出勤、1日休業や、週3日出勤で2日休業など、なるべく社員の生活を守る工夫をしていました。

社員へ伝えるべきはファクト

:新規事業の立ち上げ、会社の維持といった目指すものを守れたのは、会社の意思をしっかり示せたからでしょうか。

加藤:意思もですけれど、ファクトを示せたからではないかと思います。コロナ禍でインバウンドゼロという逆境の中で私(加藤)だけを信じろ、というのは心もとないことです。こんな時こそデータを示すことが大切です。従業員には、1950年からの世界各国のインバウンド旅行者の増加データを中心に説明しました。



2010年時点でUNWTO(国連世界観光機関)が発表した数値では、2020年には予測で14億人が国境を跨いで旅行しるはずでした。その中で最も伸び率が高いのがアジア太平洋地域です。2020年は予測が14億人でしたが、実際は前年の2019年には14.7億人が旅行していて、予測を上回っています。この間、SARSもMARSもありました、アメリカITバブル崩壊もリーマンショックもありました。それでも世界の国際旅客は基本右肩上がりで1950年から推移していました。このデータをもとに「今は一時的にすごく下がっているけれど、必ずいつかインバウンド需要は急回復する。ここから18億人の国際旅行者の世界(2030年予測)に向かって日本のインバウンド需要も急回復していく時に、WAmazingが生き残っていればきっと私たちは勝てる。もし、このデータと私の気持ちを信じてもらえるのであれば、雇用は必ず守るので一緒に頑張ってくれると嬉しい」と伝えました。

出典元 / UNWTO資料

結果、当時100人いたメンバーの大半が残ってくれました。非常時にはファクトで安心してもらう必要があります。夢は衣食住が足りている時に見られるものです。私がすべきことは衣食住、つまり雇用を守るということだけでした。自分の生活が保障されていなければ、社長を信じようとは思えません。

 

正しい情報の流通はフラットな組織づくりから

:お話を聴いていて、組織がとてもフラットだと感じます。大切にされているカルチャーなどはありますか。

加藤:組織づくりやカルチャーについては、社員全員フルリモートワークなので苦心をしている最中だというのが実際のところです。カルチャーとして大切なのは、社長も部長も課長も全て役割であって、人として上とか下じゃないということです。それをベースにしないと、上司が正しくない言動をしたときに指摘できません。業績が良くないなどの不都合な真実も、経営に情報として入らなくなってしまいます。現場と経営で情報が共有できません。

組織として、統制や指揮命令系統は必要だと考えているため個人的にはティール型組織は難しいと思っているので、どうしても組織はピラミッド型になります。しかし正しい情報が上への忖度なく上がってこないと、経営陣は正しい情報を得て正しい判断ができません。リアルとハイブリッドの勤務状態で、これらをいかに実現するかが、これからのWAmazingの課題であり、最もやらなければならないことです。

:それは拡大期で社員が増えるほど距離ができてしまって難しいのではないかと思いますが、いわゆる「100人の壁」はありましたか。

加藤:コロナ禍に突入したときがちょうど100人越えたあたりでした。組織の壁などと言っている時間も崩壊している余裕もないまま270人になりました。コロナはWAmazingにとってとてつもなく大きな危機でした。この危機において、WAmazingという組織は一致団結して乗り切ることができました。大切なのは、危機が去ったあとです。2023年10月に、単月でコロナ禍前の2019年よりインバウンド数が上回りました。2023年のインバウンド消費額は5.3兆円と発表され、2019年4.8兆円を大きく上回りました。組織としてビジョン達成に挑んでいくために、これからが本当の挑戦になります。そのために、これまで以上に社内コミュニケーションを固めにしていきたいと考えています。

多様性の組織だからこそ、ビジョンマッチにアンカーを下ろす

:多様性ある社内をまとめるために大切にしていることは何ですか。

加藤:ビジョンマッチですね。現在、外国籍社員が4割弱、地方在住社員が3割強、女性が6割、年齢も新卒入社から61歳入社まで幅広いです。大切なのは、提示している世界観やビジョン「日本中を楽しみ尽くすAmazingな人生に」にマッチするかどうかですね。プラス、会社の将来性を信じるか、もです。

ビジョン/ミッションに関する研修は新しい人が次々入るので毎月行っています。カルチャーも大切ですが、カルチャーは実際に一緒に働いてみないとわからない部分が大きいので、ビジョンがマッチしているほうをより重視して採用しています。

“ダイバーシティ日本“へ挑戦したい。

:今後の展望をお聞かせください。

加藤:もちろんビジョンの実現です。加えて中長期的には、日本がダイバーシティな国になっていくにあたって貢献したいという夢があります。人口減少自体は大きな問題ではないのですが、日本の場合、人口の半分が高齢者になるのが世界的に未曾有の事態です。日本国内在住の外国人比率を高めていかないと日本は成り立ちません。国の長期展望予測において2065年には日本在住の外国人比率が1割を超えるというデータがあります。そうなった世の中で、もともと住んでいる日本人と外国人が協力して良い社会をつくれる日本になってほしいし、当社も貢献したいという気持ちがあります。

旅行者というのは、日本と世界が交わる真ん中ぐらいにいる人です。世界の人が日本を知って居住するまでには、

①日本がどこにあるのかを知る
②日本の特徴を知っている
③日本産の何かに触れたことがある(アニメや映画、日本製品など)
④日本に行ったことがある(旅行やビジネスにて)
⑤日本に長期滞在した
⑥日本に家を買った
⑦日本で働いた
⑧日本国籍を得た

という風に緩やかな関わりから強い関わりまで、様々なかかわり方がありますが、一般的には旅行で訪れたこともない国にいきなり移住する人はいません。WAmazingは現在はまだ④の旅行のプラットフォームだけを作っていますが、①から③の方向にも、⑤から⑧の方向にもチャレンジできる余地があります。日本の経済と活力を再興するために貢献していきたいと思います。

:事業の立ち上げについても、組織づくりについてもたくさんの学びがありました。今日は壮大なお話をどうもありがとうございました。

 

WAmazing株式会社

2016年7月創業の訪日外国人旅行者向け観光プラットフォームサービスを展開するスタートアップ企業。 オンライン(WEB、App、WeChat)にて、訪日観光における5大消費(宿泊・観光体験・買い物・交通・飲食)の一元的な旅行予約手配を提供(OTA事業)。国際線定期便就航がある日本国内23空港において無料SIM配布端末を設置し、無料SIMカードを提供し会員を拡大。主なサービス提供地域は台湾、香港、中国に加え、東南アジア諸国、オーストラリア。OTA事業を基点に、地域観光DX事業、訪日マーケティングパートナー事業の3本柱で事業間のシナジー効果により成長が加速していくビジネスモデルを構築し、創業来7期連続で増収・成長中。
ウェブサイト:https://corp.wamazing.com/

 


取材日:2023年11月30日
インタビュー・編集:原 康太
文:麓 加誉子
写真:原 康太

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