第17回は、音声から感情を測定する感情解析AIを開発し、すでに世界57か国3,500社で活用されている株式会社Empath下地 貴明さん、山崎 はずむさんにインタビューさせて頂きました。創業当初は技術を求心力に事業を進めていたそうですが、さらなる成長のためにはミッション・ビジョンが重要、と語ります。Empathが大切にする哲学について伺いました。
下地 貴明 さん/CEO(L) 山崎 はずむ さん/Co-CEO(R)
2017年、株式会社スマートメディカルからカーブアウトして株式会社Empathを創業。これまでに数々の国際的なピッチコンテストで優勝。2018年には、Google Launchpad Acceleratorプログラムの第一期生として採択された。
Empathの事業内容
NovolBa西(以下、西):はじめに、Empathの感情解析について詳しくお聞かせください。
Empath 下地(以下、下地):我々は、音声から人の感情を解析するAIを作っています。「喜怒哀楽」の4つの基本感情に加え、「元気かどうか」の計5つ、指標が出力されます。
4万人から音声データを集め、言葉の意味内容ではなく、どのように聞こえるかの評価を行いました。例えば、「喜んでいる」と過半数以上の評価者が評価した音声を「喜び」の教師データとし、音の高さや強さ、スピード等のデータを機械学習させ、作成したのが感情解析の大枠のアルゴリズムとなっています。それを現在ではクラウド型のAPI*として提供しています。
2017年当時、Google Homeなど、ボイスユーザーインターフェイス(VUI)**が流行り始めた時でした。我々の技術は言葉の意味内容を利用せずに、感情解析をしているため、外国語でも解析可能です。そのため、当時から海外の投資家の方からオファーを頂いていました。
私はこの技術で世界に挑戦したいと思っていましたが、技術には投資が必要でした。
そこで親会社と相談の上、スピンオフすることを意思決定し、独自に資金調達を行いEmpathを立ち上げました。
*API:ソフトウェアの一部機能を共有する仕組みを指す。決まった方法でアクセスすれば、決まった結果を返してくれる。
**ボイスユーザーインターフェイス(VUI):コンピュータと人間のやり取りを音(音声)によって行う操作方式。
仲間を集め“技術”を世界へ
西:事業を大きくしていくために、ミッションが大事とか、ビジョンカンパニーであれとか言われますが、お恥ずかしい話、私はあまりピンときていません。どういう経緯で、ミッションの言語化をしようと思われたのか教えて頂きたいです!
下地:我々は既に技術を持って創業した為、一般的なスタートアップのような「世の中を変えよう」という思いが先行したわけではありません。ですから、ミッションの重要性、言語化の必要性は感じていませんでした。
技術自体もまだまだでしたが、技術を一緒に育てていく、自由な発想を持ったメンバーを集めて自立的に行動するチームを創りたい、という思いが一番にありましたし、ポテンシャルは絶対にあると信じていました。
いわゆるミッション、ビジョン先行型というよりも、スマートメディカル時代には道半ばであったこの技術を世に出したい、そんな思いが強かったと思います。
Empath 山崎(以下、山崎):そうですね。“感情解析AI”と突飛な技術であるため、人が集まりやすかった。そして、事業の軸をどこに置くかを考えた際、VUIが勃興している中で、色々なところに技術を使うことができる。この“色々な”というところが一つの罠で、僕らは「何がしたいか」に立ち返ることが少なかったです。
ミッション・ビジョンがなかったわけではないのですが、言語化をしていかないと、先に進む際に何をやっているかを見失うことになります。目印となる“北極星”を沿える必要があると考え、言語化に取り組み始めました。
カーブアウトスタートアップや大学発の場合、技術を求心力に事業を進めていくことが多いです。「どういう世界を作りたいか」を設計していないと、あるタイミングで「何をしたいんだっけ」という話になりますよね。
西:なるほど。私たちは「オフィス」に関するサービスを展開しています。計画通りにいかないとき「オフィス」を使ってなにをしたいのかというところに立ち返らないと、「オフィス」という言葉をそれぞれが定義し、別々の方向に進んでいってしまうことがあります。立ち返るべきところを持つことが必要だと思いました。
Empathが定義する「共感」とは
西:「共感で声を響かせる」というミッションには、どういう想いを込めたのか教えていただきたいです。
山崎:創業前から、テクノロジーがどうやったら使う人に寄り添えるか、他人にいかに“empathise =共感”していくかを、ミッションの軸にしています。
「共感」と一言で言っても、何をもって共感というのかは人それぞれですよね。
元々「empathy」という単語は、“en”というのが「中に入る」、後ろの“pathos”はギリシャ語で“痛み”を意味します。
僕らの定義する「共感」は、ある個別具体的な人間が置かれているその歴史的な状況と、その時の個別状況を配慮した上でコミュニケーションを取れること、としています。
言語は氷山の一角であり、裏側にはその人の歴史が隠されています。例えば、同じ言語で話をしても、ぶつかりあうことはよくありますよね。その人が発する言葉の背景を理解していないことも、要因としてあると思います。
対話をする時に重要なことは、相手の話に耳を傾けられるか、それに対して熟考できるか、その人の状況に配慮できるか、だと思うのです。
また、ミッションに入れている「声」は音声だけでなく、「あらゆるコミュニケーションの基礎となる音」と定義しています。
声が響き社会で循環する状態をつくりたい、という想いを、ミッションに込めました。
仲間を最大限尊重し、チームを成功に導く
西: “いかに相手に寄り添えるのか”の哲学がミッションに詰まっていて素敵だなと思いました。うまく言語化できないのですが、山崎さんや下地さんの人と言葉を大切にするお人柄が求心力となり組織が築かれているのではと感じています。
下地:どうでしょうか(笑)創業当時から“技術自体をみんなで良くしていく面白い遊び場を用意し、みんなで暴れたい”という思いで進めてきました。その時から、Empathのメンバーは本当に優秀で、チームの成長を第一に考えてくれています。私は、彼らの意見やアイデアを最大限尊重しながら、意思決定をし、チームを成功させたいと強く思います。
今まで、マイクロマネジメント型の経営者が陥りがちなチームの失敗を多く見てきたため、全くの逆張りでチームマネジメントを成功させたいという願いのようなものがあります。
西:人の可能性を信じ抜ける下地さんだからこそできる挑戦ですね!下地さんがチームを築いていくうえで大切にされていることを教えていただきたいです。
下地:チームを成功させるためには、経営者が進むべき方向性を示すことが重要だと思います。そうしないと、いかに優秀なメンバーが集まり議論したとしても、「船頭多くして舟山に上がる」状態に陥ってしまい、皆が力いっぱいオールを漕いでも進むことが出来ないと痛感しました。そのため、一昨年から山崎との共同代表制に切り替え、彼にEmpathの仏心を込めてもらうべく、ミッション、ビジョンを再設計する役割を担ってもらいました。今自分は彼が語るミッションと目指す面白くて壮大なビジョンを実現するための下地を作るべく事業推進に力を注いでいます。
西:そういう経緯があって共同代表になられたんですね。
山崎さんに質問です。ミッションが浸透された組織はどういう状態だと思いますか。
山崎:それは従業員がわたしのために働いてくれたら(笑)そういうわけにはいきませんし、そもそも、そういう世界を望んでいません。例えば、メンバーが僕らの会社を選ぶ理由に、お金というインセンティブも大事ですが、それ以上に「人生のある期間をここに託して、Empathの仲間と一緒に事業を作っていきたい」と思えるかがあります。そこはカルチャーでしかないという風に思っているので、感じてもらえるかはすごく大事です。
変わりゆく時代に備えて
西:山崎さん自身は、なぜ人生をかけてこの事業をするのか気になりました!
山崎:いま行っている様々な音声データを取ることは、本当にやりたいことの恐らく1/100くらいです。最終的にしたいこと、勝手に思っている妄想をお話すると・・・。これからむちゃくちゃなことを言いますよ。(笑)
西:はい!お伺いしたいです(笑)
山崎:僕らはキャピタリズム(資本主義)の中で生きています。これを、営利企業が内側から壊すことは、とてもチャレンジングだと思っています。
例えばベーシックインカム*が入り、誰もが最低限のお金を貰える状態になったとします。そうすると、誰かがやりたくない仕事をやらなければ、同じ生活を享受することは難しくなります。
やりたくない仕事を誰かに押し付けない一つの方法が、データを取り、機械化をすることです。まさに米国のコールセンターの大部分はグローバルサウス**にアウトソーシングされています。機械が、人間の代わりにできる分野が増えることで、やりたくないことを、他人に押しつける局面が減らせる可能性があると思っています。
コロナがブレイクスルーのきっかけとなり、人と人との会話がデータ化しやすくなりました。これまで人が担ってきた仕事の一部を代替するために、AIエージェントをつくろうとなった際に、そのパーツが非常に作りやすい状態になったと思っています。その一つのツールが感情解析や音声認識です。
こういったデータが集まると、最終的にはいま人がやっている仕事をある程度機械化することが可能になります。
ベーシックインカム時代が到来した時に、僕らはグローバルサウスの方に仕事を押し付けず、一定程度は機械に負わせられる可能性があります。これは全然新しい発想ではなくて、150年前にマルクスなどが、そのようなことを言っています。
AI技術の向上を加速度的に行えば、実はもう少しコミュニズム(共産主義)に近い形の社会の前準備ができる。それはすごくいいことだなと思っていています。
現在の「株式会社」の形態自体が、ただファウンダーが儲かるみたいな、とても古い装置になっています。(笑)Z世代の考え方は全然違い、エコロジカルでものを選びます。アメリカの10代はコミュニズム支持の方が多いみたいですね。
だからこそ、その準備としてキャピタリズム側で出来ることは、いかにデータ化してそれを機械実装していくか。これはとてもチャレンジングですし、面白いなと思っています!
*全ての人に対する所得保障として、一定金額の現金を支給する制度
**現代の資本主義のグローバル化によって負の影響を受けている、主に南半球に位置する発展途上国を指す。
西:す、すごい・・・。話が高度すぎてかたまってしまいました。(黙)
下地さん、山崎さんありがとうございました!
株式会社Empath
株式会社Empathは、音声感情解析AI「Empath」を開発しています。コンタクトセンターをはじめとする幅広い分野で活用されています。海外でも注目を浴びており、開発者向けに提供しているWeb Empath APIおよびEmpath SDKは世界50か国以上で利用されています。また、ルクセンブルクのICT Spring 2018で開催されたPitch Your Startupで日本企業としてはじめて優勝(€50,000の賞金を獲得)、パリのViva Technology 2018でBest Startupに選出されるなど海外のピッチ・コンテストですでに10度以上の優勝をおさめています。国内外での功績が認められ日本企業として初めてGoogle Launchpad Acceleratorに合格、また、経済産業省、日本貿易振興機構(以下、JETRO)、新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下、NEDO)が支援する「J-Startup」プログラムに採択されています。
取材日:2021年11月16日
インタビュアー:西かなこ
写真:原 康太
編集:神成 美智子 山田 直哉